同じ著者の作品で「怖い絵」という本がとても評判なのだが、テレビで見かけるたびになぜ大衆的とは言えない絵画を扱った本が広く支持を得られるのか、不思議に思っていた。でもこの本を読んだら、その秘密がわかった気がした。
「美貌のひと」(中野京子著・PHP新書)
いつの時代の絵画にもきらめく存在感を放つ「美貌のひと」。そのモデルはどんな時代にどんな人生を送ったのか、時には画家との関係性も含めて解説される。ひとつひとつの絵画には物語がある。絵画のモデルがそして画家が語る時代、人生。いくつもの交差する物語が鑑賞者の胸に刻み込まれる。
一方、画家にとってこれは芸術以前にビジネスだ。どのように描けば売上に結びつくのか怜悧に計算している。あざとく計算しつくされた構図は、「手職」とさげすまれた画家の地位を押し上げる戦いのためでもあった。
取り上げる絵画は中世から現代までと幅広く、モデルもアポロンのような神話からココ・シャネルまで幅広い。
背景を知った上で絵を鑑賞する楽しさ
著者は西洋の歴史や芸術に造形が深く、豊富な知見をもとに描かれるストーリーは違う時代を垣間見れるようで、とても楽しい。
「背景を知って絵を鑑賞するのは楽しいよ」が著者のメッセージだと思う。私もマティスやピカソの絵なら「ほぉーっ」と見たりもするが、神話や肖像画の絵は正直見てもつまんないなあと思っていた。
でも著者の解説を読みながら一枚一枚の絵をじっくりみると、目つき、しぐさ、髪型、着ているものすべてが生き生きとした物語を紡ぎだしていくのがわかるのだ。少しの知識だけでも、絵をさまざまな角度から見ることもできるし、深読み(妄想⁈)も楽しめるというものだ。
「麗しのロジーヌ」に見る死と乙女
この本で紹介されている絵はどれも素晴らしかったが、中でも好きなのがアントワーヌ・ヴィールツ(1806 – 1865)の作品「麗しのロジーヌ」だ。裸体の若い女性と骸骨が向き合って立っていて、若い女性が「あらまあ」といたずらっぽい表情で骸骨をじっと見ているという絵。
骸骨は死の象徴として描かれるが、彼女は死を恐れるでもなく、死にあこがれるでもない。のびやかな若々しい肢体を持つ彼女も一瞬先には骸骨のように美しさを失っているかもしれない。でも彼女は「それがどうしたっていうの?」と意に介さず、若いからこその享楽を楽しんでいるかのようだ。
アントワーヌ・ヴィールツは死や狂気というテーマを好んで描いた。作品のなかには生首の絵もある。なんかグロいわー。国から自分のアトリエを作ってもらったというのだから、十分評価もされていただろうし、恵まれた人生だったと思うのだが、なぜ彼は死をえぐりつづけたのか。あれこれ想像する楽しさをこの本は教えてくれる。
知的要素ありのエンターテイメント性
最近テレビでクイズ番組が多いのは、エンターテイメントとして成立し、なおかつ知的好奇心が満たされて、批判を受けにくいからなのだと思う。
この本も同じような性質を持っていると思う。つまり、誰にでも受け入れられる本。歴史や過去の著名人についての知識もかじることができる。モデルや作者が抱いていたであろう感情を知ることができる。絵に興味がなくても楽しんでもらえると思う。
欲を言えばシリーズのなかでもっとエグいテーマをあつかってほしいけどな。でもそうしたら万人向けではなくなるか。
作者のテーマに沿った絵の選択も巧みだ。あれよあれよと読み進めた後には、絵をもっと好きになること間違いなし。