縦横無尽にはりめぐらされた物語の糸を辿る。「祈りの幕が下りる時」(東野圭吾著・講談社文庫)

見に行きましたよ、映画も。

エンドロールで、思わず叫ぶ。

「小日向さぁぁぁん!!!」

存在感が半端なかったよ、小日向さん。娘役は子供時代、娘時代、大人時代とそれぞれ女優ささんが交代したが、小日向さんは父親役を一人で通した。だからこそ露出が高く存在感が増した感もある。が、役作りも奥深さがあって、小説よりもはるかにこの父親に感情移入ができた。

トンネルで父娘が別れては引き返すシーン、愛があって素敵だったなあ。

東野作品は、映像化に向いている。小説は物語の推進力が強く、登場人物が物語の背景に溶け込み、キャラクターが浮かび上がらないからだ。

マンガだとキャラクターありきになってしまうので、ファンから見ると映像化が自分のイメージと違うということがしばしば発生する。

小説では絵がないから強いキャラクターを作りづらいということもあるが、東野作品は特に人物の造形が希薄に感じる。

今回ご紹介する加賀刑事も、真面目だけどどこか不気味な雰囲気を醸し出す阿部寛さんの方が小説よりもいいし、ガリレオシリーズの湯川准教授も不遜だけど温かみのある福山雅治さんの方がいい。

役者さんが、「自分の思う色を役にのせる」余地があるのが東野作品ではなかろうか。

「祈りの幕が下りる時」(東野圭吾著・講談社文庫)

東野作品にはいいな~!と思ったものも、がっかりしたものもあるのだが、なんだかんだいいながら新作が出ると手を伸ばしてしまう魔力がある。

「新参者」「麒麟の翼」そして本作のいわゆる加賀シリーズは、下町風情の残る日本橋の情緒や関わっていく人々の機敏が細やかに描かれていて、巧みな舞台設定が光る。

物語のあらすじ

加賀恭一郎のもとに、仙台から一通の手紙が届いた。家を出ていったきり、失踪していた母が死んだという知らせだった。手紙の主である母を雇っていたスナックの女性によると、生前母が親密な関係を持っていた綿部という男から加賀の連絡先を聞いたという。

綿部の行方は杳として知れず、手がかりは綿部がよく行くという「日本橋」の地名だけだった。そのわずかな手がかりが東京で発生した殺人事件、そして数年前に加賀に子役への剣道の指導を依頼した演出家、浅居博美へとつながっていくーー

時空を操る巧みな物語構成

この物語の読みどころのひとつが、複数の話をバラバラな時系列で巧妙に構成していることだ。冒頭は加賀の母が仙台に来たところから始まるが、その後は東京で発生した事件の捜査と、浅居博美の半生の一部分が交互に語られる。

加賀のいとこで警察官である松宮は、東京にあるアパートの一室で押谷道子という女性が遺体で発見された事件を調査していた。

押谷道子の住居がある滋賀を訪れた松宮は、彼女が勤めていた家事代行の会社の得意先をあたっていったところ、ある介護施設でお金もないまま居座っている老婆と接触があったことをつきとめる。

押谷道子はその老婆をみかけ、中学の同級生である「アサイヒロミ」さんのお母さんではないか、と言っていたというのだ。

そのシーンの直後に、自身が手掛けた脚本の舞台を迎えている浅居博美を押谷道子が訪ねてきたシーンに転じる。

そして、ふたたび刑事が浅居博美を訪ねてくるシーンに戻っていく。

このように、事件の捜査は基本的に時系列に語られるが、浅居博美の回想は捜査の進み具合に合わせて関連する部分だけ切り取られて語られる。

つまり、浅居博美の回想は時系列で語られるのではなく、捜査に関連する出来事がランダムに語られるのだ。

それが、バラバラだったジグゾーパズルのピースを少しずつはめこんで全体の絵画になっていくように、徐々に全体像が見えてくる構造になっている。そして浅居博美の半生も最初がまったくわからないのだが、徐々に回想のピースが関連性を持ってくる。さらに冒頭で語られた加賀の母の仙台時代のエピソードともつながってくる。

こうした時空を縦横無尽にかけめぐる話の構成が、読者を引き込んでいるのだ。

丹念に描かれる人間の「生臭さ」

冒頭で、東野作品は人物造形が薄いと書いた。しかしあくまでもこれはキャラクターという意味だ。東野作品、特に「新参者」シリーズは、登場人物の人間味が心を府揺さぶる。この作品の浅居博美も、現在は脚本家として成功を収めているが、暗く苦い過去もある。誰しも生きていくためには天使のようにはなれないからだ。歯を食いしばって歩いていかなければならないからだ。

浅居博美は明るい人なのか?おとなしい人なのか?そういったことはまったくわからなく、読者の頭の中で描かれる浅居博美はぼんやりと霞んでいることだろう。しかし、人間としての苦悩や身勝手さ、憎しみといった「生臭い」部分というのはヌルリとした感触とともにまざまざと感じられる。それは、浅居博美の半生が心の動きとともに丹念に描かれ、読者が寄り添っていける内容に仕上がっているからだろう。

日本橋という舞台設定

そして新参者シリーズおなじみの日本橋の近代的な、でも下町の風情を残す街が物語を支える。昔は川が重要な物流経路で、日本橋が物流の要になっていたという。それだけに、橋も多く、それぞれの橋に名前がつけられている。毎年、環境美化を目的として橋を大掃除する「橋洗い」という行事も行われている。この物語では「橋洗い」が重要なキーとなっている。こうした舞台設定も巧みだ。

土地の魅力を表現しつつ、人間模様を細やかに描き出す。映画化に向いているのはこんな魅力もあるからだ。

新参者ファン必見!重厚な物語構成

映画で小日向さんの熱演を観たせいかもしれないが、父親の描き方が物足りないかなと思った。物語に重要な役割があるにも関わらず、父親の行動に感情移入できない。もっともそれは浅居博美のフィルターを通して描写されるからかもしれない。娘を思い続けた父親と、生きていくためにもがいた浅居博美の微妙な温度差がそこにあったとしたら。それはそれで残酷だなあ。
今回は加賀の母親の過去ともつながって、重厚な物語構成になっており、新参者ファンにとっても応えられない一作となった。
日本橋の情緒あふれる風景とともに、物語の妙を味わってほしい。

プロフィール
提出用写真フリーライター 山際貴子 東京都中野区在住のフリーライターです。 IT系を中心に企業取材、インタビュー、コラム執筆を行っています。お仕事のご依頼はこちらからお願いします!→お問い合わせ

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