清廉なる女優の生きざま。「原節子の真実」(石井妙子著・新潮文庫)

原節子さんは、実はあまり知らなかったのだが、去年のドラマ「獣になれない私たち」で山内圭哉さん演じるパワハラ社長が原節子さんを敬愛して写真を飾っているというくだりで知った(汗)。

「原節子の真実」(石井妙子著・新潮文庫)

知らないのもそのはず、原節子さんが最後に出演した映画は「忠臣蔵 花の巻・雪の巻」で1963年のこと。その後2015年95歳でなくなるまで、公に姿を現さないどころか、執拗な報道陣から身を隠すために家からもほとんど出ることがなかったという。

私が観た映画はこちら。小津安二郎監督作品「東京物語」

血のつながった家族ではなく、縁が切れているといってもいい他人との絆を描くという、今の時代でも新鮮で考えされられるテーマ。

日本家屋を二間、三間ふすまを開けて通しで写すことで、美しさ、涼やかさを感じる。そして作品の中の原節子さんは、とても優しく、丸みを帯びた背中が女性らしい。原さんは小津安二郎監督のことを冷ややかに見ていた節があるが、静謐な小津監督の世界観に原さんの存在はよく合っている。

原節子さんは大根女優と言われたそうだが、この映画を見ると杉村春子さん以外みんな棒演技に見えるんだけどなあ。取り立てて原さんだけが大根だというのは納得できない。

思うに原節子さんの大根説は、スター女優の宿命だと思う。スクリーンを通してなお感じられる溢れる魅力が演技の技術力を凌駕しているからじゃないか。

読みどころ1:圧倒的な取材力

私は巻末の参考文献を見るのを趣味としているのだが、この本の参考文献は約30ページにもわたる膨大な数。このドキュメンタリーが、事実の羅列だけでなく、物語性を持っているのも、この圧倒的な取材力に支えられているからだと思う。

小津安二郎監督や黒澤明監督という、泣く子も黙る日本の至宝との関係性も読みどころの一つ。

読みどころ2:美しい文章

美しい文章はかくあるべき、とでもいえる惚れ惚れするような文章力がこのドキュメンタリーを支えている。ドキュメンタリーはとかく情報量が多すぎて読むのに難儀することが多いのだが、この本は夢中になって読み進められる推進力がある。解説のヤマザキマリさんの文章も美しくておすすめ。

読みどころ3:足かせになり盾にもなった家族との絆

原節子の女優人生は家族によって始まり、家族に守られて終わった。家が傾かなければ、姉が映画界に入らなければ、おそらく女優になることはなかっただろう。それほど女優への執着は驚くほどない。それでもぶら下がる家族を養うために、女優を続けなければならなかった。

女優への執着がなかったのは、その当時の女優の地位を示している。映画とは不道徳な世界であり、女優はその象徴であるという見方が根強い時代だった。

家族は足かせにもなったが、安らかな晩年を守ったのもまた家族だろう。引退してから何十年もマスコミは執拗に追い続けたが、甥夫婦が身を挺して守り続けた。家族に人生を捧げたのが原節子という女優なら、会田昌江個人も含めた原節子という象徴に人生を捧げたのが家族だった。

映画好きの方にもおすすめの本。映画が戦争によってどれだけ翻弄されたのか、表現の自由を奪われていたのかも、克明に描き出している。

原節子という女優を通して映画の歴史を俯瞰できる本。

プロフィール
提出用写真フリーライター 山際貴子 東京都中野区在住のフリーライターです。 IT系を中心に企業取材、インタビュー、コラム執筆を行っています。お仕事のご依頼はこちらからお願いします!→お問い合わせ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする