生成AIと何が違う?AGIは実現するのか

こころみマガジン

私が、有識者の方にAGI(汎用人工知能)の話を聞いたのは、コロナ禍前のことだった。

「人間の脳を模した仕組みを実装する」という話を聞いて、当時はまだ生成AIも現実的ではなかったので、「AGIの実現は難しそうだなあ」と思っていた。

しかし、今ではあと数年で実現すると言われている。

生成AIも、人間とコミュニケーションしているかのような感覚になるほど進化している。AGIの早期実現も、現在の技術の進化スピードなら可能なのかもしれない。

生成AIのその先にあるAGI

チャッピー(ChatGPT)を世に送り出したOpenAIは、もともとは「AGIの実現」を目標に掲げ、非営利団体として設立された。

しかしChatGPTは、AGIではない。

ChatGPTのような世の中一般に知られる生成AIは、大規模言語モデル(LLM)と言われる。

このLLMは、実は「統計モデル」がベースになっている。

一見、人間と同じような気が利いた回答でも、裏では膨大なデータを学習して、単語のつながりを高度な確率計算で推測し、アウトプットしているのだ。

単なる確率の計算も、モデルの規模が巨大になり、ある一定のラインを超えると、「論理的思考」や「推論能力」が生まれてくると言われている。これが「創発性」というものだ。

このレベルまで到達すると、言語の違いも関係ないらしい。

しかし人間のように実際に見たもの、聞いたもので判断できるわけではない。自律的な行動ができるわけではない。

人間と同等の「脳」を持つAIとして、AGIの取り組みが行われている。

それに対して生成AIは、「特化型AI」と言われる。

これも2010年代の話になるが、ある有識者の方にAIの未来について話を聞いたところ、「特化型AIを統合すればAGIのようになりますよ」とおっしゃっていた。

音声認識AIは人間の「耳」の代わり。画像認識AIは人間の「目」の代わり。大規模言語モデル(LLM)と音声合成AIは人間の「口」の代わり。

特化型AIを有機的に連携すれば、人間と同等のAIになるというわけだ。

冒頭で、人間の脳を模したAGI開発の取り組みについて触れたが、現在は、特化型AIを連携させ、システム全体で人間以上の汎用性を発揮させる取り組みが主流になっている。

「AGI」から「ASI]へ。人間との関わり方はどうなるのだろう。

人間と同じようなことができるAIを「AGI」とするなら、人間と同じようなことができるだけでなく、人類の知性を圧倒的に超えたAIを「ASI(人工超知能)」という。

以前のコラムにも書いたが、ロボットにAIを搭載すれば、物理的な動作もできるし、周りにあるものを目で見て触れて、聞き取るこことも可能になる。

人間の身体機能をはるかに超える体を持ち、人間の知性をはるかに超える頭脳を持つAI。

人間が到底勝てないAIが出現したら、人間は何をしたらいいのだろう。

AIが社会で主導権を握る時代は来るのだろうか。

先日、AIに「株式市場ではAIが株を売買しているから、人間のトレーダーが生きる道はないのか」と聞いたら、回答は「生きる道はある」だった。

いろいろ理由はあるのだが、例えばでいうと、AIは感情がない。

「どんどん株価が下がってしまう」という恐怖や、「もっともっと株価が上がるはず」という強欲。投資家の心理的な動きをAIが読み切るのは難しい。

良くも悪くもAIは機械的に処理するしかない。そのクセを利用すれば、人間のトレーダーにチャンスが生まれる。

考えてみると、確かにAIには「感情」や「意思」がない。感情を持った時点で圧倒的な知性はある意味崩壊するだろう。理解できるようにはなるかもしれないが。

とすると、人間の良さとAIの良さを生かしてよりよい社会にすることはできるはず。

煩悩を持つ人間と、機械的なAI。うまくやっていける道を探していかなければ。