ツイッターでどなたかおすすめしていた本。ツイッターを見ると本の衰退が叫ばれていることが信じられないんだけどね。というぐらい本ラバーが多い。本を愛する方々のおかげで私も新たな出会いがあって嬉しいかぎり。
「死と砂時計」(鳥飼 否宇著・創元推理文庫)
ジャリーミスタン首長国では、外貨を得るために世界各国から死刑囚を受け入れ処刑している。ある日囚人にアラン・イシダという一人の日系アメリカ人が加えられた。年齢は30前後、高齢者の多い囚人たちのなかでは若手といっていい。そんなアランの面倒を見るのが、監獄の生き字引といわれるトリスタン・シュルツだ。シュルツはアランを可愛がり、アランを助手として監獄で次々と発生する事件を解決していく。
…という話が連作で展開されていくのだが、後半にぎゃー!と叫んでしまうほどの怒涛の展開が待っている。いやこれ、ほんと前半の穏やかな謎解きからびっくり仰天の展開に急変するのよ。
作者は現在奄美大島在住で、奄美野鳥の会会長でもあり、ツイッターを見ると小学生と野鳥観察会を行うといった活動もしている。
碇卯人名義でテレビ朝日の国民的ドラマ「相棒」のノベライズやオリジナル小説も発表しているということを知って、ますます著者のことを好きになった。
時空のゆがんだ感覚が味わえる異空間
主人公のアラン・イシダは日系のアメリカ人で、両親を殺した罪でこの終末監獄に送られてきた。全編アランの一人称で物語が進んでいくのだが、プロローグ、エピローグは第三者の視点になる。この視点の切り替わりが後の驚愕の展開の伏線になってたのだな、と今になって思う。
終末監獄では、囚人の一人ひとりにチップを埋め込み、逃げ出そうとするとチップから電流が流れるようになっている。時は2019年、現代の設定だ。しかし、死刑が決まった囚人が他の囚人の前で行う公開告解や、世界各国の富裕層がショーとして見る公開処刑など、中世の雰囲気も漂う。架空の国で現代と中世が入り混じる、そんな時空の歪んだ空気が読者の平衡感覚を狂わせる。この歪みから生まれる独特の世界観が味わえるのも魅力のひとつ。
死のカウントダウンを象徴する砂時計
そして後半に出てくる砂時計。砂は人生であり、この砂が落ちきるということが死を思わせる。死の恐怖から逃れるには、砂が落ちきる前にひっくり返さなければならない。砂が堆積するのがリセットされるわけだが、作者のたたみこむような表現によって砂が積もり続ける感覚になる。死は訪れずとも、砂が積もり続けて世界を、そして囚人たちを砂の底に沈めてしまう。そんな雰囲気をまといながらエンディングへ向かう。
唯一無二の世界観がたまらない魅力だが、後半の急展開が妙に気になった。アランも両親を殺した罪で服役しているのだから、不穏な雰囲気を前半から盛り上げてもよいはずだが、前半は相当のんびりモードだ。そして後半の怒涛の展開。
そう、連ドラでいきなり話が展開して面食らうあの違和感と同じだ。前半にも伏線は一応あるのだが、回収されてスッキリ、とはいかなかった。あまりにも急にハンドルを切られたので遠心力で遠くに飛ばされてしまい、完全に置いてけぼりにされてしまった感じ。連作だからそう感じるのかなあ。
とはいえ間違いなく力作。清廉さを持ち合わせた硬質で力強い文章、異次元に入り込んだかのような奇妙な浮遊感をお楽しみあれ。