柚月裕子さんといえば、白石和彌監督作品「孤狼の血」の原作者だということは知っていたが、作品を読んだのはこれが初めてかもしれない。
2007年に「山新文学賞」に入選したのが出発点となり、以降数々の賞を受賞。この作品は2018年本屋大賞の2位に選ばれている。ちなみに1位は辻村深月さんの「かがみの孤城」。読んでないよー。「本屋大賞にハズレなし」と言っておきながら全然読んでいないことが今回発覚。
1位の作品を読んでいないのに言っても説得力ないが、この作品は1位にも値する力作だと思う。
「盤上の向日葵」(柚月裕子著・中公文庫)
対戦のシーンが多く、将棋まったく知らない私にはなんのこっちゃチンプンカンプンなのだが、それでもすごーい迫力!息を殺して読んでしまった。
初代菊水月作の名駒とともに山中に埋められた白骨死体。身元が割れない中、元奨励会出身の異色の刑事と、一匹狼のベテラン刑事が事件を追う。
読みどころ1:完璧な構図
もしかしたら、ミステリーの醍醐味を期待する人は不完全燃焼に終わるのかもしれない。著者もインタビューで「結果的にミステリーと呼ばれる」とコメントしていたから、それほどミステリーにこだわっていないと思われる。それでも名手ならではの完璧な構図が楽しめるので、ミステリー好きでもあえて読んでほしい。
後半になって白骨死体にまつわる物語があきらかになってくるのだが、おそらく多くの人が前半から結末を予測しているだろう。ミステリーファンには物足らないかもしれないが、謎解きというよりは一人の悲哀ある人生にフォーカスをあてていると考えている。
忌まわしい生い立ちから生まれる向日葵のイメージに勝負勘を依存させてしまうという 構図が素晴らしい。そして依存せざるをえない過程も丁寧に書かれているので、対戦の緊迫感、最後のあっと言わせる展開が効いてくる。
読みどころ2:緊迫感半端ない対局展開
知人は将棋大好き人間でこの本も読んでいるのだが、「作品中に出てくる対局の流れとか読んでてわかる?」と聞いたら「わかんないよ~。将棋盤が書いてないもん」と言っていた。
でも上級の方たちはエアー将棋もできるに違いない。上級者ならまた違ったも面白さもあるだろう。将棋を全く知らない人も「つまらない」とは思うまい。対局の描写は大迫力。
読みどころ3:地方の豊かな空気感
事件は埼玉県で発生するが、主な舞台は山形県天童市。将棋ゴマの産地で生産量は全国で9割のシェアを誇る。山形の厳しい寒さのなかで登場する旅館はなんとも風情がある。
欲を言えば、奨励会出身の佐野刑事をもうちょっと効かせたらいいのになあと思ってしまう。佐野刑事が奨励会出身でなくても問題ないようなストーリーだし。ベテラン石破刑事と比較してキャラクターも弱かった。
幼いころの憧憬であり、禍々しい出来事の象徴でもある向日葵。盤上に表れることを切望する棋士の狂気を読者はどのように受け取るのだろうか。