私たちが忘れているものづくりの心って何だ?「SFを実現する 3Dプリンタの想像力」(田中浩也著・講談社現代新書)

以前、4Dプリンタについての海外ニュースをツイッターで紹介したところ、いいねをもらって(ま、ご本人とは限らないが…)著者のことを知ったのがきっかけで、購入した本。

「SFを実現する 3Dプリンタの想像力」(田中浩也著・講談社現代新書)


3Dプリンタのことを書いてあるのだが、専門的な内容ではなく、3Dプリンタによってものづくりや創作がどのように変わっていくかを解説している。「SFを実現する」タイトルに違わず、既存の概念を覆し頭を柔らかくしてくれる本だ。3Dプリンタに興味のない人にこそ読んでほしい。

この本の参考文献にも本書が挙げられていた。

「ハゲタカ4・5 スパイラル」(真山 仁著・講談社文庫)。テレビドラマにもなったおなじみのハゲタカシリーズ。「なにわのエジソン」と呼ばれた天才的発明家の社長が亡き後、傾きかけた町工場が起死回生をかけて3Dプリンタで世界とつながり発明に挑戦するラボを立ち上げるという物語。

とはいってもラボの立ち上げはメインのストーリーではないのだが、新しいものづくりへの期待感がよく表現されている。大企業を相手に死闘を繰り広げる他のハゲタカシリーズと違って、ちょっと「下町ロケット」っぽいのだが、 結末はハゲタカらしかったかな。

著者はどんな人?

著者は、デジタル工作機械を揃えた実験的な市民工房のネットワーク「ファブラボ」、街中の誰もがものづくりをすることでエリア全体の創造性を高める「ファブシティ」の日本における第一人者だ。

3Dプリンタとの出会いは2000年なのだという。しかしその当時は機械が数千万と高額だったため、大企業の製造現場で使用される製品の試作に使われていた。そこで著者は心を残しつつも別の研究へ向かう。

再び3Dプリンタに取り組むのは8年後の2008年のこと。そのころには現在の認知度にははるかに及ばないが、かなり小型化して一般にも親しみがわきつつあったころだ。筆者は自宅に設置した3Dプリンタがネットワークでつながることで、デジタルとフィジカルが融合する世界に魅入られた。材料と設計を試行錯誤することで感性を刺激し、個人によるイノベーション、創作を生み出すと予見したのだ。

3Dプリンタってそもそもなに?

3Dプリンタについては、取材を通じていろいろなメーカー企業や実際に使っている企業から教えていただいたが、それを持ってしてもいまひとつ「これだ」という腑に落ちた感がない。それはAIがつかみどころがないのと同じで、3Dプリンタがどんどん進化しているからだろう。

一般には材料(マテリアル)を3次元の座標を指定して下から上に積み上げて造形する。それに対して製造業で製品の量産に使う金型は、「オス」と「メス」と呼ばれる2つの金属から部品の形を削り出す。そして削り出した隙間にマテリアルを注入して製品を作る。この金型の「引き算」的な作り方に対して、3Dプリンタは積層して作っていくため「足し算」の作り方といわれる。金型と3Dプリンタが作り出すものは、構造からして似て非なるものだ。

「精密なものを3Dプリンタで出力するにはCADで3Dモデリングをしないといけない」と言われているが、最近はスキャナーも優秀でそこそこのものは作れる。「発色はまだまだ」と言われているが、出せない色はないというくらい鮮明な発色を実現している3Dプリンタもある。材料も樹脂や石膏などさまざまあり、種類も増え続けている。

普通の人が、自分の頭の中にあるものや、二次元で描画しているものを3次元化できる時代になっているのだ。

脳みそをかきまわされる感覚を楽しもう

本書は「3Dプリンタで概念がこんなに変わるんだよ」ということを教えてくれる。3Dプリンタで何ができるか?ではなく、3Dプリンタで世界がどう変わるか?を示してくれるのが魅力。それがタイトルにある「SFを実現する」に込められている。

著者は本書の中で3Dプリンタのさまざまな役割を指示してくれているが、一番印象に残るのが「デジタルとフィジカルの融合」だ。そしてそれはとてもSFっぽい。デジタルデータをもとにフィジカルなモノを作るだけにとどまらない。デジタルによって空間を超えてモノが作れるのだ。

例えば3Dデータを友達の家に送ると、友達の家の3Dプリンタからケーキが出力される…というのも技術的には実現できる。ケーキという物理的なものが遠隔地に姿を現すテレポテーションが可能なのだ。
現時点でも食べ物を出力することも可能なので、将来物資が輸送困難な場所でも3Dプリンタで食料を作ることもあるかもしれない。ただし、今のところは美味しくないらしいけど。

筆者が進めている「ファブラボ」も、その延長線上としての「ファブシティ」の取り組みも興味深い。地域に根付いたものづくりや創作活動は中小製造業でも取り組んでいるように、これから盛り上がる期待大だ。

筆者の豊富な事例が、概念をわかりやすく伝え、凝り固まった脳みそを柔らかくしてくれる。

頭の中をカタチにする喜び

繰り返すが、3Dプリンタを体系的に学ぶ本ではなく、テクノロジーによって変わる世界を垣間見れる本だ。2014年の発行だが、今なおニュースにのぼるような先進的な取り組みが満載。筆者も言うように、この本は3Dプリンタで何ができるかを示すのではない。何を作るかは使う人自身が決める。それもキッチリ決めるのではなくて「頭の中のものをまず3Dプリンタで出してみよう。」というのが筆者のメッセージだと思う。

とりあえず自分の頭から出してみようか。3Dプリンタでは試行錯誤がいくらでもできるツールだから。

プロフィール
提出用写真フリーライター 山際貴子 東京都中野区在住のフリーライターです。 IT系を中心に企業取材、インタビュー、コラム執筆を行っています。お仕事のご依頼はこちらからお願いします!→お問い合わせ

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