重い愛、残酷な才能。「雪の鉄樹 」(遠田潤子著・光文社文庫)

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全然関係ない話だが、先日相棒season12 第13話「右京さんの友達」を再放送で見た。ファンの間では神回と言われており、私自身も甲斐亨時代では一番の傑作だったと思う。

杉下右京の若き相棒・甲斐亨が初めて「右京さん」と呼び、右京に毒島という心通う友人ができたという瞬間がラストシーン。この細かい脚本の作りこみが完成度を高め、余韻のあるラストに仕上げたと思うのだが、もうひとつ、神回といわれるゆえんは終始独特の世界観を醸し出したことによるだろう。

ツタの絡まる古びたアパート、室内の飴色をした床板、蓄音機、ヴィンテージのソファ、アンティークの紅茶カップ・・・こうした舞台装置がストーリーを盛り立てる。

圧巻が紅茶店で杉下右京と紅茶が縁で知り合った毒島と向かい合って紅茶を飲んでいるシーン。窓際が全面ガラス張りの店内を外か撮影している。夜間に車が行きかうなか、明かりのついた店内が浮かび上がり、二人が対話している姿が徐々にクローズアップされていく。

こうした「アンティークな舞台装置で表現される世界観」が潜在的なテーマとして物語に横たわる。相棒のスタッフさんってこういうの上手なんだよね。

・・・で何がいいたかったかというと、小説でも魅力的な舞台装置があると作品の魅力3割増しよねってこと。

雪の鉄樹 (遠田潤子著・光文社文庫)

鉄樹は、一般には「蘇鉄」として知られており、ヤシの木を土に半分ほど沈めたような木だ。著者のブログも「蘇鉄館」になってる。→ 蘇鉄館  遠田潤子ブログ

蘇鉄は木に元気がなくなった時に金釘を鉄に入れたり、鉄くずを埋めたりすると元気になるという俗信もあり、鉄を好む木といわれている。鉄は「金を失う」と書くことから縁起が悪いという説と、鉄を木に打ち込めるほどお金持ちという説がある。10年に1度しか花を咲かせないというドラマチックな木だ。

南の地域では食料がないときの非常食としてこの木の実が食べられてきたのだが、発酵、乾燥させて「毒抜き」をしないと中毒症状を起こす。蘇鉄ってどんな木よ?と思う人はこちらをどうぞ。→ ソテツ(蘇鉄)の花言葉は?花や種類、実には毒がある?
この鉄樹が物語の背景に黒々と立っている。縁起の悪い不吉な木、10年に1度咲く希望の花。

著者・遠田潤子氏はどんな人?

遠田潤子氏は大阪府生まれ。会社員として勤務し、結婚を経て38歳の時に小説を書き始め、「月桃夜」で21回日本ファンタジーノベル大賞受賞。本作は「おすすめ文庫王国2017」第1位に選ばれた。

お母さまを亡くし、茫然としていた時にたまたまパソコンを買い、キーボード操作の練習として日記を書き始める。それが小説家を志すところに行きついた。その後書いては新人賞に応募し、落選することを繰り返す。ファンタジーノベル大賞を受賞してデビューするまでに5年かかったという。今でも友人や近所の人は小説家だということを知らないらしい。

本作は著者が庭園鑑賞が好きで庭師を主人公にした物語が書きたいと考えて作った。この庭園が暗く重たい空気を生み出していく。→ 作家の読書道 第185回:遠田潤子さん

雪の鉄樹のあらすじ

曽我正雪は祖父の経営する曽我造園の庭師だ。祖父、父とも「たらし」と呼ばれ、家には女の出入りが絶えない。正雪自身も生みの母親は出産後3日で家を出て、父親も無関心。祖父にも情というものが欠如している。

ある日顧客の細木老人の紹介で新規の顧客を紹介される。その顧客の新居は、見事な蘇鉄のある家だ。その家はかつて美しい母親と双子の兄妹、郁也と舞子が住んでいた。その庭の手入れを担当していた正雪は14年前に起きたあのことを忘れることはないーーー。

正雪は庭師の傍ら島本遼平という少年の面倒をみている。しかし遼平から帰ってくるのは憎しみの視線だけだ。そして正雪は島本家を訪れその祖母・文枝にお金を渡し、許されるまで土下座をする。なぜ正雪はその屈辱に耐えなければならないのか。14年前に何が起きたのか。

鉄樹という舞台装置に絡みつく愛、才能

正雪が遼平の祖母、文枝からの侮辱を甘んじて受けなければならないのか。文枝の感情は理解できても正雪の感情は理解できない人もいるに違いない。それほどに正雪の生き方は愚かしい。

愚直な正雪の父・俊夫への愛の欠乏感、血のつながっていない遼平への盲目的な愛、自分を理解してくれる舞子への狂おしい愛・・・さまざまな愛の模様に才能という残酷な事実を重ねる。情を持たない祖父が才能だけで父・俊夫を見捨てる。郁也のバイオリンのために家族が犠牲になる。郁也はバイオリンに虐げられる。

この重厚な構成が著者の筆力なのだが、重厚すぎておなか一杯感がある。登場人物すべてが真っ暗な過去を持っていて、ずーんと重苦しい。もうすこしテーマを絞って筆者の丁寧な描写を味わいたかった。

そして、物語を彩るのがひっそりとたたずむ日本庭園であり、鉄樹だ。美しく整えられた庭園が静かに重く物語にのしかかる。読者は舞台装置から生み出される世界観に目を奪われつつ、物語を読み進めるたびに圧迫感を感じていく。

そして胸を突かれるラストシーン。どんなに生きるのが下手であっても必ず支えてくれる人がいる。力になってくれる人がいる。本気になって諭してくれる人がいる。

生きることに希望を見出せる本。

プロフィール
提出用写真フリーライター 山際貴子 東京都中野区在住のフリーライターです。 IT系を中心に企業取材、インタビュー、コラム執筆を行っています。お仕事のご依頼はこちらからお願いします!→お問い合わせ
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