けっこう薄い本なのだが、かなり読みごたえがある。オレンジの装丁もすてき。
「ゼロ・トゥ・ワン」(ピーター・ティール 著・NHK出版)
著者はPayPalの創業者であり、PayPalマフィアと呼ばれるほど シリコンバレーで絶大な影響力を持つ投資家でもある。
投資家としては、マーク・ザッカーバーグのフェイスブックやイーロン・マスクの宇宙ロケット開発会社スペースXにも出資している。20歳以下の若者に学校をやめることを条件として2年間に10万ドルを支給し、研究や仕事をさせる「ティール・フェローシップ」は物議を醸した。とびぬけた頭脳があれば、学校教育など無意味な時間の消費というわけだ。
この本は著者の母校である母校スタンフォード大学での講義をブレイク・マスターズ氏が聴講してまとめたものだ。起業家向けなのだが、起業で新規事業に携わる人にも参考になると思うし、自己啓発にも役立つだろう。
隠された真実を見つけ出す
著者はフェイスブックが上場してまもなく株式のほとんどを売却している。「我々は空飛ぶ自動車を求めていたのに、代わりに手にしたのは140文字だ」という著者の言葉は、ツイッターを揶揄しているのだが、誰もが考えつかないイノベーションとはSNSではないということだろう。
著者が第一に考えていることは、イノベーションを起こすことであり、イノベーションなくしてアメリカ企業に未来はないと述べている。イノベーションの源が「隠された真実を見つけ出す」ということだ。
隠された真実、すなわち「ほとんどの人が賛成しない大切な真実」を見つけ出すということだ。過去の思い込みを疑い、誰も知らない真実を見つけることこそがテクノロジーであり、人間の能力を押し上げると著者は強調する。
競争を避ける
1960年代にハーバードビジネススクールのマイケル・ポーター教授(当時)が初めて経営に競争の概念を持ち込んで以降、私たちは事業を営むということは競争することだと信じて疑わなかった。
現在のほとんどの企業が採用しているピラミッド構造の組織形態も、競争して残った人間が頂点に行ける仕組みだ。
しかし著者は競争を否定する。競争は利益が削がれるため、人を追い詰めるというのだ。グーグルのように検索エンジンで競争相手のいない事業で収益を得ているからこそ、他の事業でリターンが出なくても挑戦ができる。こうして多方面の分野に挑戦することで、独占企業のレッテルを貼られずにすむのだ。
多様な有名人の分析
最終章「創業者のパラドックス」では、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブスなど成功を収めた起業家だけでなく、レディー・ガガやマイケル・ジャクソンといった著名人を引き合いに出して、創業者の資質を分析している。
社会に適合しない人と、社会的に尊敬されているカリスマとを両端に置くと、人の分布はその中間が一番多いのだが、創業者はその逆で、中間が一番少なく、両端が一番多いという分析も面白かった。
約250ページの本はそれほどの厚さではないが、内容はけっこう難しい。日本語版に序文を寄せた投資家である瀧本哲史氏が評するように、著者の思考はかなり複雑だ。
しかし、私としてはこの本を読んで勉強になった、見識が広がったという実感がある。起業家向けだが、すべての人にお勧めしたい本。